
先日、髪を切った。
いつもならおなじみのQBハウスに行くところだ。低価格カットの代名詞だった「1,000円カット」も、今や1,400円。ここ数年で着実に値上げを重ね、気づけば大手チェーンとして上場企業、海外にも店舗を展開するまでに成長している。
ところが今回は、ふとした偶然で別の床屋に入った。ドラッグストア・ウエルシアの駐車場の片隅にぽつんと見つけた「ファミリーカット」。東京圏を中心に70店舗ほどを展開しているらしい。料金は1,300円、近日中に値上げの予定とか。仕組みはQBと同じで、10分ほどで終わり、最後は掃除機で髪を吸い取る。
私はいつもソフトモヒカンにしているのだが、これが意外にしっくりきた。技術は人によるだろうが、今回は当たりだった。気に入ったので、次回からはここに通うことに決めた。
カットの最中、鏡越しにじっと自分の顔を見つめる。五十代の顔は、目の下にくまが浮き、ほうれい線が深く刻まれている。若い頃は気にもしなかった変化が、今は否応なく目に入ってくる。

思い返せば、私の「床屋の記憶」は小学生の頃に始まった。当時はロングヘアーのおかっぱ頭で、まるでカリメロのような髪型だった。ところがある日、母と歩いていた帰り道で見かけた「1,000円カット」の看板に、母が「もう面倒だから切っちゃおう」と言い、その場で私は丸刈りに。翌日の夏休み登校日、クラスのざわめきは今でも鮮明に覚えている。
その店の名前が「ミリオン」だった。以来、私は「ミリオン」と呼ばれるようになった。安い床屋に行く=からかわれる時代で、クラスの誰かが調子に乗って替え歌まで作った。
♪ ミリオンカットは〜 1,000円〜 ♪

今思えば、即興にしては妙に完成度が高い。子どもの残酷さと創造力は表裏一体だ。私は笑って受け流したが、確かに「安い床屋は恥ずかしい」という空気はあった。
それでも気にせず通い続けた。切ってくれるのは白髪混じりの波平ヘアーのおじいさん。白い鼻毛が出ていて、カットのあとにヤクルトをくれるのが恒例だった。

あるとき、ハサミで耳を切られたこともある。血がにじんだ私の耳に白いパフパフを押し当て、代わりにお菓子を山ほどくれた。親に話したかどうかは、もう覚えていない。
数年後、経営者が変わり、店名も「ミリオン」から「シュダ」へ。すると不思議なことに、私のあだ名も自然と「ミリオン」から「シュダ」に変わった。子どもたちの世界は単純で、けれど妙に正直だった。
――そんな記憶をたどっているうちに、今回のカットは終わった。
ふと考える。もし今の私が小学生だったら、あだ名は「ファミリー」なのだろうか。